© Karin Sonoyama / Sakoyan 2010
© Karin Sonoyama / Sakoyan 2010
第九話 仰天させることに、長けている。その二
私たちは、お昼の時間いっぱいまで、透さんのケータイ講座に聞き入った。透さんが説明すればするほど、聞き慣れない単語が次々に飛び出し、そのたびに私たちは、口々に質問を浴びせた。透さんが、
「それより、僕、何を手伝えばいいんですか?」
と言ってくれなければ、お昼を過ぎても、ケータイ講座に夢中になっていたかもしれない。たぶん、みんなもそうだったと思うけど、無意識のうちに自分で食べたふくれもち、いつのまに口に運んだのか、まったく覚えていないほどだった。私たちは、まだまだ山ほど質問が残っていたけれど、きりがないから、とにかく、ケータイは凄いってことで区切りをつけた。最初から最後まで、ずっとうなずき続けていたキクばあちゃんだけは、とても満足そうな顔をしていた。
透さんには、結局、出来上がったふくれもちと、大皿の数枚を二回に分けて、中学校の講堂まで運んでもらい、その後は、そのまま会場の設置作業に参加してもらうことになった。
昼下がり、私たちは二回目のふくれもちを蒸す作業と、台所の後片付けに取りかかった。また熱気が籠っていく。
「さあ、もうひとがんばり!」
克子姉さんが割烹着の袖をまくって、気合いを入れた。
「おーっ!」
私たちも続いて声を上げる。キクばあちゃんの見守っている蒸篭から、湯気が吹き出し、窓の外へと優雅に舞い踊る。ふくれもちが蒸し上がる頃には、会場の準備もほとんど終わっているだろう。遥か向こうで、ひまわりたちが揺れている。歓迎会の時間が近づいてくるのを、私たちに知らせているように見える。近くのツクツクボウシも、ヒグラシとバトンタッチする前に、もうひと鳴きがんばるぞと、忙しそうな声を上げ出した。
「あー、あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり…」
壇上の村長代理がマイクを指で突っつきながら、傍でアンプのつまみをいじっていた父を見た。父は、右手を上げてOKの合図を送る。ざわめきが、たちまち静かになった。お決まりの咳払いを一つ入れ、村長代理の挨拶が始まる。
「えー、皆さん、お待たせいたしました。それではこれより、小堀透君の歓迎会を始めたいと思います」
会場が拍手で包まれた。いつもはガランとして広く感じる中学校の講堂が、この時ばかりは混雑し、狭く感じる。だけど蒸し暑くはない。歓迎会用に設置された網戸のおかげで、外から涼しい空気が入り込む。それを、四隅と壇上、入り口に置かれた六台の扇風機が、柔軟にかき混ぜてくれている。岩柿村の全住民が、各家から持ち寄った座布団を敷いて、それぞれの席に着いている。テーブルは、折りたたみ式のちゃぶ台や太い足のコタツなど、やはり各家から持ち寄られているから、色や形に統一性はない。けれど、高さはほぼ同じだから、一列に十二席、それが三列に整然と並んでいる。母たちの自慢の料理がその上に並ぶ。大皿に盛られた私たちのふくれもちたちは、彩りの料理たちの間に混じって白く輝き、アクセントを付けている。
席位置は基本的に自由だから、毎回変わる。今回の我が竹元家は、演壇から向かって右側、後ろから三番目の位置に陣取っている。透さんは、真ん中の列の一番前、静香おばさんと祐輔のテーブルの席に、うつむき加減で、足を庇うように膝を崩して座っている。ゲストとお世話係の席だけは、この位置と決まっている。とはいっても、席位置はあってないようなもの。時には、歓迎会が進むにつれ、みんな思い思いのメンバーで集まって盛り上がったりする。
父が透さんに近づき、合図を送った。ゲストは、歓迎会の段取りを前もって聞かされている。ゆっくりと立ち上がって、かぶっていた野球帽を取ると、透さんはうつむいたまま、私たちに向かって一礼した。
「えー、先日の回覧板でお知らせしました通り、透君は遥か彼方の二〇〇九年の東京から、はるばるやって来られました。えー、現在二十一歳、働きながらデザインの勉強をなさっているそうです」
村長代理の紹介に、会場がどよめいた。
「えー、我々岩柿村全住民は、透君を心より歓迎いたします」
村長代理の、お決まりの挨拶。私たちも、やはりお決まりの拍手を透さんに送る。
「では皆さん、乾杯の…」
村長代理が、ビールが注がれたコップを持ち上げようとした時、近くにいた誠次郎おじさんが、何やら声をかけた。
「えっ? ああ、そうだった。忘れてた」
苦笑いで村長代理は応えている。乾杯しようと誰よりも早く構えていた元ジイが、拍子抜けしてコップを置いた。
「あー、失礼しました。初めにみなさんに、報告しなきゃならないことがありました。えー、先日、未来の日本において、戦争が起こるっていう噂がありましたが、そんなことは、まったく無いということが分かりました。あー、どうぞ皆さん、ご心配なく!」
あたかも、自分は部外者かのように装う村長代理だが、
「何を言うとる。心配しとったのは、お前さんたちだけじゃろが」
ツルツル頭の雅一おじさんが見透かし、野次を飛ばす。隣に座っているゴロベエ先生と小松さんが、まったくだとうなずく。
「あー、いやいや、面目ない」
野球バカトリオが、揃って頭を下げると、どっと、笑いが起こった。
「えー、それでは仕切り直しで…」
村長代理が、もう一度コップを手にして持ち上げた。私たちは座ったまま、ビールや日本酒、サイダーやジュースが入ったコップをそれぞれ持って続く。透さんもわずかに遅れて、なみなみにビールが注がれたコップを持った。それを見たれんげが、透さんの方向にコップを突き出すと、中のサイダーが、サワサワと音を立てた。
「透君の訪問を祝って、それから、残りの一ヶ月を、楽しく過ごしてもらえるよう願って、乾パーイ!」
歓迎会実行委員である野球バカトリオの音頭で、両隣の家族たちと乾杯を交わす。その一杯を飲みながら、私たちは真っ先にふくれもちを食べる。
「今日のは、美味いな」
「うん、いつもより、ふっくらしとる」
誰かがお世辞を言った。向こうの列から明代姉さんが私を見て、ガッツポーズをしながら「やったね」と、口を動かした。真ん中の列の由美と光子、明代姉さんの近くの克子姉さんも胸を張っている。
「あら、ほんとに美味しいわね。椎子、あんたたち、ずいぶん上手に作れるようになったじゃない」
母が、滅多に言わないお世辞を言った。
「うん、ほいふぃ、ほいふぃ」
れんげは口いっぱいに頬張っている。昼間、すでに食べた透さんも、向こうで、美味しそうに食べてくれている。もしかしたら、気に入ってくれたのかもしれない。
いつも成り行きまかせで進行する歓迎会ではあるけれど、出だしは必ず、乾杯とふくれもちと決まっている。だから、ふくれもち係は村の重要な任務だと心得ている。キクばあちゃんが付いていても、ふくらし粉を混ぜる作業以外は、私たちだけで行っている。だから、実はプレッシャーはわずかにあったりする。しかし今日は、達成感を味わっている。嬉しくて、私の顔はほころんだ。
この後、歓迎会は予想外の盛り上がりを見せた。正直に言えば、今回は正反対の予想をしていたから、私は感動で胸が熱くなったほど。実は、歓迎会には二つの目的があって、一つはもちろん、ゲストを歓迎すること。そしてもう一つは、ゲストに未来の話を聞くこと。歓迎会が始まって三十分ほど過ぎたあたりで、私たち待望のメインイベント、ゲストへの質問コーナーが始まる。どんな生活をしているのか、どんなものが流行っているのか、ゲストにいくつか質問し、未来の様子を話してもらう。毎回、このコーナーだけは一番盛り上がる。初めて歓迎会が開かれた時、ゲストへの質問が止めどなく続いてしまった。これじゃあ収集がつかないからと、次回から質問タイムを設け、何人かが代表で質問をするようになった。以来、ゲストの未来の話は、岩柿村最大級の娯楽となった。元々、娯楽の少ない村だったから、私たちの、未来のことを知りたい願望は、ゲストが入れ替わるたびに強くなっていった。
お祭り気分でみんなが歓迎会の準備をするのは、実は、このコーナーを一番の楽しみにしているから、だったりする。そのかわり、どんなゲストの場合でも大歓迎することになっている。とはいえ、アイドル並みの格好良い人と、そうではない人とでは、特に、おばさんたちの対応に、天と地の差があったりする。初日に公民館に集まったおばさんたちには、やはりその第一印象は悪かったようで、祐輔の家に籠っている時、ほとんどの人が透さんに無関心だった。もしも、格好良い人だったなら、そうはいかない。おばさんたちのお見舞い攻撃で、祐輔の家はてんやわんやになっていたに違いない。
格好良い人なら、歓迎会は最初から黄色い声が飛び交っていたことだろう。しかし今回は、乾杯のあとは大騒ぎすることもなく、いつもより地味な時間が流れていた。だから、質問コーナーになっても、盛り上がらないのではないかと心配していた。ところが、ふたを開けてみたら、私の心配をよそに、透さんの未来の話は、今までのゲストで一番の盛り上りを見せたのだ。
1975年8月1日 12:58