© Karin Sonoyama / Sakoyan 2010
© Karin Sonoyama / Sakoyan 2010
第四話 あの、不気味な電信柱の謎が解明した。その三
「実は、我々が繰り返している時間っていうのは、同じようで、まったく同じ時間じゃないんだよ」
「繰り返してるのに?」
光子が首をかしげた。
「そう、繰り返しているはずなのに、同じじゃない。もしも同じ時間だったら、毎回同じゲストが訪れるはずだし、たとえば今日の天気や気温、雲の形だって、前回の七月二十四日と、まったく同じでなくてはならない。我々も、まったく同じ行動をとっていなきゃおかしい。そもそも、私がこんな話をしているってことさえあり得ない。なぜなら、今までの我々の記憶も、蓄積されることなく、時間が繰り返すたびに消えるはずなんだから」
「確かに…」
博己先輩がうなずいた。確かに、私たちが繰り返している夏休みは、同じ時間のようでまったく同じじゃない。風が吹く日だって、前回の同じ日とは、風向きや強さが微妙に違うし、夕立の日だって、降り出す時間が微妙にずれていたりする。テレビやラジオの番組だって、ほとんど同じなのだけど、言葉の一部が違っていたり、出演者の動きがわずかに違っていたりと、実は、微妙に毎回違っている。それに、何よりも、毎回違うゲストが訪れるたびに、私たちは、違う対応をして過ごしている。
「時間を繰り返すごとに、別の次元の岩柿村が増えて行く。つまり、バスが消えるごとに、別の次元の村長が、未来へタイムトラベルしているってわけなんだ」
先生は腕組みをしながら、大きく息をついた。別の岩柿村が増えて行くってことは、別の私が増えて行くってことになる。奇妙なことなのに、今日の先生は、いつもより説得力がある。確かにそうだ、と思わせる。…だけど、どうしても気になることがある。たぶん、みんなが気になっていること。
「先生、ちょっと質問していいですか?」
私が控えめに手を挙げると、みんなは驚いた顔で注目した。
「おっ、椎子が質問なんて、珍しいな。何でも質問してくれ!」
「あの…、本来、私たちが過ごしているはずの、正常に流れている時間、その時間の岩柿村は、どうなっているんですか? 別の岩柿村が増えているんなら、その度に、村ごと入れ替わっているってこと?」
由美と光子が、同調するようにうなずいた。彼女たちも、やはり気になっていたようだ。すると、
「そりゃーやっぱり、穴がぽっかり空いたみたいに、何にも無いんじゃないの? おれたち、ここに居るんだから」
和則が割って入った。元信も、当然だという顔をしている。
「それは…どうかな」
すかさず否定したのは、博己先輩。
「入れ替わっているにしろ、穴が空いているにしろ、もしもそんな状態になっているとしたら、未来じゃ、大変なことになっているはずだよ。だから、あり得ないと思うよ」
高岩先生のように腕を組み、博己先輩はさらりと言った。和則と元信は、とたんに唸った。どうして、あり得ないって解るのだろう。納得しかけていたのに、私も再び混乱し始めた。すると、高井和先生が、
「その通りなんだ!」
大きくうなずき、声を強めた。
「私も最初は、別の村が入れ替わり続けているかもと思った。もしかしたら、和則の言うように、何も無いんじゃないかとも思った。だけど、もしもそんな状況だったら、日本中、いや、世界中が大騒ぎになっいてるはずなんだよ」
「な、なんで?」
元信が呆然となった。
「ゲストの誰もが、この村のことを知っているはずだからさ。『世界で最も不思議な村』としてね」
「あ…確かに」
光子がポンと手を打った。今までのゲストは、みんな他の都道府県から訪れている。だからどのゲストも、岩柿村なんて、未来では行ったこともなければ、聞いたこともないという人ばかり。もしも『世界で最も不思議な村』になっているとしたら、世界中のマスコミが村に押し寄せ、テレビで大騒ぎしているはず。そんな状況になっているとしたら、ゲストが知らない訳がない。確かにその通りだ。
「じゃあ…、どうなってるのっ!?」
由美が不安そうに声を上げた。
「答えは一つ。もう一つの我々が、正常な時間に、存在し続けているってことになる」
先生は再び腕を組み、静かに息をついた。
「それじゃあ私たち、永遠に元の時間に戻れないの?」
由美はさらに不安になって、声を震わせた。
「いや、たぶん、最初にバスに乗った村長が、再び乗車すれば、この村に本来の時間が戻るのではないか、と思っている」
「もし、ずっと戻らなかったら…」
「う、ん…」
高井和先生が言葉をつまらせ、由美の顔が、今にも泣き出しそうに歪んだ。
「ゆ、由美! 今の話は、あくまで、あくまで仮説の一つなんだから! 不安にさせたのは悪かった! 謝る!」
先生は、心配性の由美を慌ててなだめた。すると、タイミングを計ったようにベルが鳴った。
「私の仮説が事実だという証拠は無いし、もしも時間が戻った場合、今の仮説のままだと、もう一つの我々と現在の我々が、入れ替わらなきゃならないっていう最大の矛盾があるんだ。だからみんな、あんまり深く考えないでくれ」
高井和先生は、そう言って物理の本を小脇に抱えた。
今回の特別授業、いつもより複雑で、かなり混乱してしまった。結局、なぜ、モアイ村長はタイムトラベルを続けているのか…、そもそも、この村だけが、どうして時間の渦に捕まってしまっているのか…、まだまだ謎はたくさん残っている。だけど、特別授業のたびに、先生の仮説は、次第に具体的になっていく。本当に、全て解明できるのかもしれない。そんなふうに感じさせてくれる。とはいえ、由美のように、不安を感じてもいる。このままずっと、同じ時間を過ごすことになるのかも…。混沌とした思いが、私の心の中で渦を巻きだす。もしも、もう一つの岩柿村が、正常な時間に存在しているのなら、吉澤先輩ともう一人の私は、どうなっているだろう。先輩へノートを渡している、もう一人の私の姿が頭をよぎった。机のイニシャルに目を移しながら、私はため息をついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二時間目の授業は、私たちはずっと自習の時間を過ごした。その後、お昼の弁当を食べ終わる頃まで、何度も心地良い風が教室の中を吹き抜けた。今までの七月二十四日には、これほど多くの風は吹かなかった。先生の仮説通り、微妙に違う、いつもの時間が流れた。
部活の時間になって、私たちフォークソング部は、校舎の隅の音楽室に集まった。由美の不安はすっかり消え、いつもの和やかな部活が始まった。足付きのステレオで、ボリュウムを大きめにして私のテープを聞いた。男子たちは、下の大グラウンドでソフトボールをやっているし、小学生たちは、お昼は自宅で食べるから、とっくに下校している。校舎には私たちだけだから、誰にも気兼ねなく大音量で聞いた。途中、嬉しいことに、男子のスポーツ部の助っ人として遊びに来ていた青年団の清行兄さんが、私たちのフォークグループ結成のことを聞きつけ、わざわざ自宅に戻って、モーリスのフォークギターと、音楽雑誌の付録のギターコード集を届けてくれた。しかも、無期限で貸してくれるという。元から学校にあったクラシックギター一本で始めるつもりだったから、もう、大感激!
で、結局、私が念入りに選んだ『フォークベスト全集』より、裏面のNSPの『さようなら』という曲が、なんだか一番簡単そうだということで、全員一致で練習曲として選んだ。それから、清行兄さんのアドバイスで、ボーカル、リードのフォークギター、サイドのクラシックギターのパートに分けることにした。ボーカルは一番唄が上手な由美、リードはFというギターコードを押さえて、なんとか弦の音を出せた私が、音がかすれた光子はサイドを担当することになった。
たった三人で、いつものんびりと、レコードを聞いているだけだったフォークソング部は、にわかに活気づいてきた。
1975年7月24日 10:38