© Karin Sonoyama / Sakoyan 2010
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第十八話 ナントカフリョウ。
「今日、雅一おじさんとこに行ってきたよ」
時間を持て余して退屈だったのか、れんげが部屋の入り口で、背中越しに声をかけてきた。
「雅一おじさん?」
意外な名前が飛び出し、私は振り返った。
「うん。透兄ちゃんと修理に行ってきた」
含みを持たせたような笑みを浮かべ、れんげは部屋に入った。
「修理?」
意味が分からず、私はギターの弦から指を離す。
「テレビの修理。なんかこの前から調子悪くて、映りが悪くなってたんだって」
「それで透さんに頼んだの?」
「今朝、電話がかかってきたんだって。修理できるかもって思ったらしいんだ。ほら、透兄ちゃん、歓迎会の時にテレビのこと話してたから」
「なるほどねえ…あはは」
憮然とした態度で、故障したテレビを睨みつけている雅一おじさんの様子が頭に浮かび、私は可笑しくなった。頑固で見栄っ張りの雅一おじさんが、人にお願いごとをするなんて、滅多にあることではない。それにしても、雅一おじさんのテレビは、我が家のテレビとほぼ同じ時期に買い替えたはずなのに、もう故障するなんて、いったいどんな使い方をしたのだろう。
「でも透さん、よく引き受けたね」
「直せる自信があったんだって」
「本当!?」
「うん」
「で、どうだったの?」
私はギターを壁に立て掛けながら尋ねた。
「それがさあ…」
と言いかけ、れんげの視線が机の隅に移った。
「食べる?」
かっぱえびせんを盛った小皿を机の隅から手前へずらすと、れんげは嬉しそうに二回うなずいた。
「少しにしときなさい。もうすぐ晩ご飯なんだから」
掛けていたラップを半分めくると、
「はいはい」
れんげはニタリと笑い、えびせんを四、五本まとめてわしづかみにし、一気に口に放り込んだ。
「ふぉいひい」
「もう、行儀悪いんだから。…で、テレビは直ったの?」
満足そうに頬張っていたえびせんを、ごくりと飲み込み、れんげはうなずいた。
「バッチリ。というより、故障はしていなかったんだけどね」
「なあんだ」
「アンテナ線のナントカフリョウだって」
「ナントカフリョウ?」
「なんか、きちんと線が繋がってなかったって」
「ああ、接触不良ね」
「そう、それそれ」
れんげの手が、また、えびせんに伸びた。
「ちょっと、本当にご飯、食べられなくなっちゃうわよ」
すかさずお皿の上を手で覆う。すると、
「椎子ー」
下から母が呼んだ。ラップを掛け直して席を立つと、れんげは「ケチ」と言い放った。
「何ー?」
部屋の入り口で返事をすると、母は階段の下で顔を出した。
「お使い、頼まれてくれない?」
「えー、今から?」
「晩ご飯の材料、ちょっと足りなくなっちゃったのよ。悪いけど、キクちゃん商店、大至急お願い」
「もう、しょうがないなあ。…はいはい」
ため息をつき、部屋を出ようとすると、
「いっしょに行く!」
れんげが私のシャツを掴んだ。テレビの修理のせいもあったのだろう。今日の予定がだいぶ変更になって、悪ガキたちの集会はお昼過ぎには解散になったらしい。れんげには、まだまだエネルギーが有り余っているようだ。
「道草はしないからね」
と、私は釘を刺す。
「解ってるって」
得意の二回うなずきで、れんげは二カッと笑った。
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小道を降りると、長く伸びた二人の影が、メイン道路を斜めに跨いだ。その先に祐輔の家がある。お風呂の煙突から、白い煙がゆれている。それを見ながら、私は透さんがテレビをチェックしている様子を想像した。
「透さんて、凄いね。映りが悪い原因、すぐに解っちゃうなんて」
「でしょ! 機械のことだったら、何でも知ってるんだから」
得意げにスキップして私の前に出ると、
「ソフトボールは下手だけどさあ…」
くるりと振り返って、れんげは口を大げさにとがらせた。しかし、私が透さんを褒めたことが嬉しかったのだろう。すぐにとがり口は治まり、
「そうそう、目覚まし時計、一回バラバラにして、また元通りにしたこともあるんだって!」
と、弾むような声で言った。
「凄ーい。もしかしたら、修理屋さんでアルバイトしていたのかもしれないわね」
「ネットで勉強したんだって」
「ネット? …ああ、歓迎会の時に言ってたやつね」
「そうそう。イータンネット…じゃなくって、インターネット。それで一人で勉強したんだって。知りたい事は何でも教えてくれるらしいよ」
そう言って、れんげは再びスキップを始めた。
「へえー、インターネットって、便利なんだねー!」
本当は漠然としていて、その便利さがよく解っていないけれど、何でも教えてくれるっていうのは、凄く便利なものであることに間違いない。きっと曲のコード進行なんて、簡単に教えてくれるのかもしれない。
れんげは突然、鼻歌を奏でだした。いつのまに影響を受けたのか、母の十八番の『うそ』を、母以上に軽快に奏でている。よほどご機嫌なようだ。透さんへの好意は、増々深くなっている。ライバルがどんどん増えている事に、たぶん気づいていないのだろう。雅一おじさんは、気に入らない人は絶対に玄関をくぐらせない人だし、昨日の子どもたちの声援は、とても熱かった。イケイケお姉さん一筋だった元ジイの習字のお題も、透さんの影響を受けて、とうとう替わった。そして最大のライバルは、もしかしたら明代姉さんかも…。そんなことを思いながら、私はれんげの影を早足で追いかけた。
1975年8月17日 17:56